パジャマ人間

日常の思考や嗜好やなにかの感想など

津村記久子『この世にたやすい仕事はない』

「一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」

前職を燃え尽き症候群のような状態になって辞め実家で療養していたが、失業保険が切れたため職探しを始めた三十六歳の「私」が相談員に出した条件である。

「あなたにぴったりの仕事があります」

そう相談員に言われ、新しい仕事に就いた「私」。働いてみたものの、やはり合わずに契約更新をせず辞めてしまったり、職場の都合で別の職場を紹介されたり、職場が突然なくなってしまったりで、みはりのしごと、バスのアナウンスのしごと、おかきの袋のしごと、路地を訪ねるしごと、大きな森の小屋での簡単なしごと、と「私」は一年間で仕事を次々に変えていく。

 

「私」は、勧められた仕事をすべて素直に受け、就いた仕事すべてに真面目に誠実に取り組んでいる。少々のめり込みすぎなのではないかというくらい、一所懸命に仕事をするのだ。そりゃ、燃え尽き症候群にもなってしまうだろう。

しかし「私」は、他者とのコミュニケーションが苦手というわけではなさそうだ。他者に意見を求め納得すれば取り入れたり、四方山話に耳を傾けてあげたりなど、積極的にとはいかないまでも、決して他者と関わることを避けているわけではない。

どの仕事も、なさそうでありそうな変わった仕事で、仕事内容だけでも楽しいのだが、時々不思議でヘンテコなことが起こったりするので、それもとてもおもしろい。

特に、「バスのアナウンスのしごと」が好きだ。「私」の年下の先輩である江里口さんという女性がいるのだが、この方は私の理想像であった。江里口さんは淡々と仕事をこなし、根気強く「私」に仕事を教えてくれ、決してイライラした様子を見せず、口調が変わることもない。どんなときも態度が変わらない。読んでいて、江里口さんに憧れた。私は江里口さんのようになりたい。「私」も江里口さんに対して敬意を持っており、できるだけ長く江里口さんと働けたらいいな、と思っている。やはり、私は江里口さんのようになりたい。

 

内訳は人それぞれだが、どの仕事にも楽しみややりがいがあり、そしてつらいこともある。「私」は、多様な仕事を経験しながら、少しずつ働く自信を取り戻していく。

タイトルから、実はもっとメッセージ性の強い説教くさい小説かと思っていたのだが、気軽に楽しめる、おもしろい物語だった。好みの本に出会えて幸せである。

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)